杉本凌士脚本演出・劇団男魂「but・and」2014
凄い舞台を見た。感想もすぐにはまとめられなかった。劇団男魂(メンソウル)の「BUT AND」だ。2014年第15回公演の収録映像を見せていただいたのだ。
なんと言えばよいか、杉本舞台のテイストは最高なのである。素晴らしい。いつも男魂の劇をことさら賞賛するので、八百長くさく思われるのではないかと怖れるのだが、これは掛け値無しなのだ。本当に。
深く深く心魂揺さぶられた。ただ涙込み上げるだけでない。そこには人間そのものへの深い洞察と愛惜、卓越した死生観が舞台の底に響いている。それも決して気取った説教調じゃない。笑いも助平も散りばめられている。なんて広い。愉快なことこの上ない。だからこそ、その人間的な郷愁の深淵に震えるのである。
私のうぬぼれになってしまうのだが、その舞台のテーマ、アングルは私が描きたい憧れそのままだ。だからまずはじめの感想は「こういうもの書きたかった!」なのである。
私は小説を書く。杉本作品は舞台だ。脚本と演出による。だから表現ツールとしてのメディアがちがう。私の方はただの言葉だ。杉本ワールドは人が生身の身体を使って目の前で演じ展開して作り出す。そこには決定的な差がある。小説の言葉を辿り物語を追うのには大変なエネルギーがいる。だから弱っているときにはなかなかページをめくらないものだ。小説は読み手の側にコミットを要求する。舞台はそのまま提示してくれる。観客は自由だ。うっかり途中で眠ってしまうことも許されている。あとで目を覚ましてから続きを楽しむこともできる。小説は途中でページを閉じてポイと机に放り出したらそれでもう作品の生命は終わりだ。しかしただそうした表現手段の強みに憧れるているのではない。その手段で私が描きたい世界をまさに表現をしているからこそ、私はひたすらに憧れため息を漏らすほどなのである。
どうしたら多くの人にこの素晴らしい舞台を見ていただけるのだろう。ずっと考えている。このあたりとにかく悔しい。人の中に出て行かない自分の性分が我ながら恨めしい。しかしなんとしても男魂の杉本ワールドを多くの人に見てもらいたい。念願している。
劇団男魂(メンソウル)第15回公演
but・and
脚本演出 杉本凌士
何のために生まれてくるとやろ
何のために生かされとるとやろ
九州のとある整骨院。そこで行われる「夫のためのマタニティ教室」。期待と不安の入り混じるなか新たな命の誕生を心待ちにする男たち。
一方、福岡拘置所では、刑の執行を懇願する一人の男がいた。
「生まれてくること」
「生きてゆくこと」
劇団メンソウルが九州を舞台に「命」に向き合う人間の葛藤を描く。愛すべきダメ男ワールド第15弾。
〜 パンフレットから