TOGET!S Live in 熊彦 @ 嵯峨嵐山
嵯峨嵐山と言えば京都を代表する観光の名所とされる。渡月橋から嵐山竹林界隈、日中は大変な人並みで中国語が声高に飛び交っている。
JRの駅を降りるともう辺りは暗かった。目指す場所は老舗高級料亭たん熊北店、熊彦である。この歳になってもマクドやネカフェをうろつく私にはまったく似つかわしくない場所になぜと自分でもいぶかしく思うのだが、目当てはブルースバンド TOGET!S のライブなのだ。
ずっと聞いてみたかった。リードギターのJさんは長年の知己である。勤めていた弁護士事務所が所長の急死で閉鎖となり、ウロウロとした挙句、私は寺町の編集プロダクションに転がり込んだ。その頃知り合ったのがデザイナのJさんだ。まだお互い三十代である。いつもにこやかで、そして制作されるデザインはもう神業のように美しい。自由でいて心優しい人柄に惹かれすぐに近しい間柄となった。当時究極のクリエイティブツールだったmacromedia Directerにお互いにはまり込んでいた。まだ使い手も少なく、教則本もほとんだなかった。初めて事務所にやって来られたJさんが、泳ぐ金魚を作って来られたのを覚えている。スクリプトでアニメーションを作り画像動画展開や音声音楽を加えるだけでなく、ユーザーサイドの操作コントロールも制作できた。一本のメディアコンテンツを一人で制作できるという画期的なツールに夢中になった。それからは互いに制作法やスクリプトを互いに交換し合ったりした。
あれからもう二十年以上が経つ。その後私は独立し、何度か彼の事務所にも邪魔した。いつもそこにはギターがあった。アンプを通さず何度か彼が短いフレーズを弾いてくれたことはあったが、シャイな彼はギターの腕を決してこれ見よがしに披露してはくれなかった。それから紆余曲折、当方もすったもんだで日々をあえぎ、彼のブルースギターリフを味わうことはずっとお預けとなっていた。
満喫した。三人の女声コーラスにソウルフルなメインボーカルの男性。京都人らしいとぼけて粋なMCから打って変わって繰り出されるブルースのサウンドは圧巻だ。そして何よりJさんのギターだ。うっとりと酔わされる。まぎれもなくブルースギター。僕のいちばん好物だ。知っている曲は Dock of the bay やPeople get ready と言った有名どころだけであったが、全曲すっかり楽しめた。聞きながら、O.レディングやC.メイフィールドは曲を作ったときに五十年以上たっても、遠くアジアの片隅の町でその歌がこうして歌われ、弦をはじかせていることなど思いもしなかったろうなと思いを馳せた。このところ大友のノイズ音楽以外は CHAR や四人囃子の森園勝敏を聞いていることが多かったが、また好きな SAMANTHA FISH のギターソロを味わいたいと思った。
十分にサウンドを堪能して、店を出た。渡月橋からわずかの川岸だ。昼間は聞こえない川音が夜空に響いている。もういい歳だ。死ぬ前にJさんのギター聞けてよかった。言葉による表現世界を歩いているが、音楽や絵画は言葉という面倒くさい意味から自由だ。その自在でとらわれない生身の味に身も心もゆだねる心地よさ。言葉による概念や観念でがちがちに人間や世界を切り取ってわけ知り顔をするのは恥ずかしいなとあらためて思っていた。