内なる混沌~村上春樹

「 僕が思うに、混沌というものは誰の心にも存在するものです。僕の中にもありますし、あなたの中にもあります。いちいち実生活のレベルで具体的に、目に見えるようなかたちで、外に向かって示さなくてはならないという類のものではありません。「ほら、俺の抱えている混沌はこんなにでかいんだぞ」と人前で見せびらかすようなものではない、ということです。自分の内なる混沌に巡り合いたければ、じっと口をつぐみ、自分の意識の底に一人で降りていけばいいのです。我々が直面しなくてはならない混沌は、しっかり直面するだけの価値を持つ真の混沌は、そこにこそあります。まさにあなたの足もとに潜んでいるのです。
そしてそれを忠実に誠実に言語化するためにあなたに必要とされるのは、寡黙な集中力であり、挫けることのない持続力であり、あるポイントまでは堅固に制度化された意識です。そしてそのような資質をコンスタントに維持するために必要とされるのは身体力です。実に面白みのない、本当に文字通り散文的な結論かもしれませんが、それが小説家としての僕の基本的な考え方です。そして批判されるにせよ、賞賛されるにせよ、腐ったトマトを投げつけられるにせよ、美しい花を投げかけられるにせよ、僕にはとにかくそういう書き方しかーーそしてまたそういう生き方しかーーできないのです。」(村上春樹)